ご無沙汰しております、という話。
こんなときだからこそ、文章を紡ぎましょう。
いや、本当にご無沙汰です。気づけば一か月たってしまいました。
月日の流れはあっという間ですね。
書きたいことは山ほどあるのですが、いかんせん仕事が多忙で…というお決まりの言い訳です。
それはさておいて。
この一か月、日本をめぐる環境は激変したといってもいいでしょう。
正直、私も三月半ばころまでは楽観的に考えていた部分はあります。
「ああ、いわゆる三密を避ければいいんだね、あとは手洗いうがいしっかりしてよく食べてよく寝ようね」くらいの気持ちでした。
なかなかそうも言ってられない状況のようです。
いろいろ調べたり詳しく紹介したり…ということも考えたのですが、詳細はNATIONAL GEOGRAPHICの下記の記事を参照していただくとわかりやすいと思います。
一か月のあいだに進んだ悲劇的なシナリオと並行して、ウイルスと戦うための経験の集積がすすんでいますね。これを知識と言ったりもします。
知識の蓄積のために莫大な血が世界で流れていることを忘れてはいけません。
彼を知り己を知れば百戦危うからず、といいます。
流れた血を無駄にしないため、明るい未来のため、愛する誰かのため、自分のため…
なんでもいいのです。知識を蓄え、自己防衛をすることが肝要です。
言葉、という話でもう一つ。あまり暗い話ばかりでもしょうがないので、明るい話でも。
先日見かけたこんな報道。
中国製のマスクが基準を満たしているとか満たしていないとか、色々な話題がありますが、そこが焦点ではなく
この
「春雨や 身をすり寄せて 一つ傘」
という句です。
返歌ということはもちろん返される元の歌もあり、
「人に貸して 我に傘なし 春の雨」
という歌だったそう。
もともとは北九州市がマスクなどの支援物資を送る際に
「山川異域 風月同天」
という言葉を添えたのがきっかけみたいです。
元をたどると1,300年以上前に、日本から中国へ袈裟を送った際に
「山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」
という言葉を刺しゅうして送った、という逸話が元なんですね。
住むところは違えど吹く風や見る空は同じ。ぜひ絆を深めましょう、というような意味でしょうか。
この漢詩が鑑真の来日につながり仏教の布教に尽力された…という話につながっていきます。
中国でも漢詩が相当有名になったそうで、いろんな方が歴史に興味を持たれたんじゃないかなあ…と思います。私もその一人ですし。
そして返歌として正岡子規の歌…
大変な状況である中でお互いの文化を尊重し礼を尽くす…
これってとてもすてきだと思いませんか?私は言葉の美しさを改めてかみしめました。
途切れることなく紡がれてきた人間の歴史。
間違いなくCOVID-19による厄災は大きな転換点となると思います。
そのなかでも誰かが誰かを想い、なにか行動を起こすことで変えられる未来があると信じています。
COVID-19を発端とする醜い小競り合いも見てきました。
みんなの精神状態を考えれば小競り合いが起きることも仕方なしと思えてしまいます。
それが本質ではなく過度なストレスからくる一種の発散だとも信じています。というか信じていたいです。
私は何かを強制できません。
でも、見えない厄災に立ち向かうために知識をつけ、何かできることを模索していく。これは各々が改めて考え直さないといけないのではないでしょうか。
いつか来る暖かい、柔らかな日差しの春を待って。
みんな、胸を張って元気に会えるその日までともに戦いましょう。